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高松地方裁判所丸亀支部 昭和33年(わ)87号 判決

被告人 本宮徹

主文

被告人を懲役壱年に処する。

但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予し、同期間中被告人を保護観察に付する。

理由

被告人は昭和三十三年四月頃横浜市で屋台店を出すことを計画し、母からその資金をもらつて同月二十日頃今治市鷺之町の自宅を発ち横浜市に向つたが、途中神戸で競輪に手を出してかえつてこれを費消してしまつたので、やむなく翌五月十日頃自宅に帰り、母に屋台は出来たがお金がまだ不足だと嘘を言い苦しい中から更に金を出してもらつて同月十六日あらためて家を出たが、右の金だけでは前記の商売をするのに不足なのでもう一度競輪等をこゝろみて失つた資金をとりもどそうと思い、途中高松市で下車して同月十七、八日頃から観音寺市の競輪、丸亀市の競艇等に手を出した結果遂にこの金をも失つてしまつた。そこで被告人は同月二十七日朝丸亀市でうどん等の朝食をした後あてもなく坂出市に来たが、所持金もなくこれから家へ帰ることもどうすることも出来ずまた空腹を感ずるので、同夜琴平参宮電鉄坂出駅のベンチで夜を明かしながらいろいろ考えるうち、銀行へ入つて行員を脅して金を出させようという気持になり、二十八日の夜明け頃に同市内の常盤公園へ来て同所で実行の方法などを考えてみたが、結局脅迫文を作つて行員に手渡すことにきめ、正午頃所持していた手帳の紙片に鉛筆で「声を出すと命はない、ピストルが口を開く、三十万円黙つて一分以内に出せ、三十分以内に口外されし時は貴殿御家族共に危うし、不承知なれば警察へ電話しろ」と書きこれを手帳から破りとつて、それを持つて右公園を出、入るのに適当な銀行を探しながら市街を歩いて午後二時頃同市坂出町千三百八十八番地株式会社兵庫相互銀行坂出支店を目標と定めた。そしてまだ客が出入する時刻なのでしばらく時間の経過するのをまち、そうしながらも一方では入るのをやめようかどうしようかといろいろ迷つたが、他に金が入るあては全くないのでやがて心をきめ、午後二時五十五分頃同銀行の正面入口から内に侵入し、同銀行の出納係藤本英子(二十三歳)が被告人を客とみて「いらつしやいませ」と声をかけたので同女の前のカウンターのところへ行つて前記の紙片を手渡し、同女がこれを一読した後その奥の机にいた支店長代理伊賀豊のところへ立つていつて同人に手渡し、同人が更にこれを一読した上その横の机にいた支店長大原量夫に手渡し、更に同支店長がこれを読んで被告人の様子を窺い思案したりする間のこれら行員の挙動を注意しながら前後六、七分位の間前記のカウンターに片肘をついたまゝ動かず以てこれらの者に右文面のとおり加害を告知して脅迫し、同人等に若し被告人の要求に応じなければ右の記載のような危害を加えられるかもしれないと畏怖させ、よつて同銀行の金員を喝取しようとしたが、右支店長がひそかに警察へ連絡用の非常警報ベルを押したため、まもなく現場に急行した警察官にその場で逮捕されて目的を遂げなかつたもので、右は建造物侵入罪及び恐喝未遂罪である。

(証拠略)

検察官は被告人が銀行強盗をしようとし且その実行に及んだもので本件は強盗未遂罪であると主張し、前記脅迫文の文面から察すれば被告人が当初これを作成した当時においては強盗の犯意を有したと認め得ないではなく、また金融機関においてはピストル等の兇器を携帯する兇悪強盗犯の連想を呼びやすいので行員等がこのような連想から通常予想される以上の畏怖心を抱くことがあることも一応考えられるけれども、強盗というには被告人の判示銀行での行為、態度が客観的にみて行員等の反抗を抑圧するに足る程度のものであつたといゝ得なければならず、この点につき前記各証拠を綜合すると、本件は白昼、商店の櫛比する繁華街の銀行で、行員七名、客一名がいるところで行われたが、被告人は前記のとおり前日の朝食の後は何も食べておらず到底体力で他人に対抗出来る状態ではなく、その上銀行に侵入する少し前までなお躊躇を重ねており、変装はせず、服装は薄色ものの色のはげたカツターシヤツとズボンにビニール製のサンダルを履いていた等外見上他人を特に畏怖させ得るような状態ではなく、身には兇器はもとより他人に畏怖心を生じさせるような道具の類は一切携帯しておらず、その上脅迫文を渡した後もそれが順次三名の行員に読まれるのを見その間脅迫文で指定した一分を大幅に超過してゆくのを知りしかも銀行側が進んで金を出そうとせず支店長が店内を立廻つて被告人の様子を窺つたりしているのを察知しながら前記のカウンターのところに立つてじつと内部の様子を見ているだけで新たな脅迫行為には出でず、右カウンターのすぐ向うに前記藤本英子がおり同人の机上に出納係の手提金庫が置かれているのを見て知つていながら前記以上の行為は何もしなかつたのであつて、これらの諸事実を綜合考慮すると到底被害者等の反抗を抑圧するに足る程の脅迫行為があつたものとはいゝ難く、現に被告人の当公廷での供述及び被告人、参考人等の前記各供述調書を綜合すると、脅迫を受けた行員中藤本英子は脅迫文を伊賀豊に手渡した後被告人のすぐ眼の前にある席にもどり他の支店からかゝつてきた電話にともかくも応答し、支店長大原量夫は伊賀豊とひそかに相談をして前記のように非常ボタンを押した後カウンターの右端のあたりで被告人から数米位のところへ出てきて被告人の様子を見、また外部へ連絡しようと考えて被告人の見ている前で室の正面奥の戸を開いて奥の方へ入る等の行動をし、いづれも心の平衡を著しくは失わず、ともかくも表面平静を装い得て、いづれも他の行員には事情を知らさないようにしながら警察官が到着するまでを持ちこたえようとしたことを認めることが出来る。従つて検察官の右主張は採用出来ない。なお本件起訴状には被脅迫者として前記藤本英子だけを掲げ被告人が同女を畏怖させて前記銀行の金員を強取しようとした旨記載されており、被告人の当公廷での供述中にこれにそうかのような部分があるけれども、この点も前記認定の犯行当時の情況からみて失当といわなければならない。

弁護人は前記紙片の文中に貴殿御家族という一見丁重な言葉やまた不承知なれば警察へ電話しろとあることなどが脅迫文としては全く不適当であるとし、これは若し金を出す気持がないなら警察へ行くから警察へ突出してほしいとの意味で被告人は当初から金員を奪うことが殆んど不可能であると思いまたその成否にかゝわらずすぐ捕ると覚悟していたのでどうでもしてくれというなげやり的な気持であつたと弁論し、被告人の当公廷での供述中同弁護人の質問に答えたこれと同趣旨の供述を援き、以て強盗罪を否定するだけでなくあたかも恐喝罪及び脅迫罪すら否定するかのような主張をしたが、右の文言が他の一連の文言と相俟つてかえつて凄みをきかせた脅迫的意味をもつことは一読明瞭な事柄でこゝに多言を用いるまでもなく、被告人がこれらの文言等によつて行員等が畏怖するであろうことを予期し、この畏怖に乗じて銀行の金員をうることを計画したこと及び右紙片を読んだ前記三名の行員がいづれもこれをはげしい脅迫的意味に解し畏怖したことは前記のとおり本件の証拠上明白であつて更に繰返し説明するの要をみない。

法律に照らすと被告人の判示所為は刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項、刑法第二百四十九条第一項、同第二百五十条に該当し、判示建造物侵入と恐喝とは互いに手段結果の関係があるから刑法第五十四条第一項後段、第十条により刑の重い恐喝罪の刑によつて処断することとなるが、被告人が競輪、競艇等に大切な営業資金を費いはたしてこのような破廉恥な犯行に及んだことはその動機といゝ結果といゝ同情に値せず、また思慮浅く行動に慎重を欠くものとして将来に対し若干の危惧を禁じえず、弁護人は社会制度の欠陥、政治の貧困を論じたけれども被告人は今日同様の境遇、環境の下で道をあやまらず堅実な生活を営むべく努力をしている多数の者があることを思うべきである。しかしながら本件については他面被告人の供述及びその各供述調書を綜合すると、同人が犯行前躊躇に躊躇を重ね、犯行に着手した後も事の成就し難いことを知つてなかばあきらめ、警官が駈けつけるのを察知した後ももはや逃れ難いことを知つて逃亡を断念し素直に逮捕に応じたこと、被告人に刑事上の前歴がなく、警察で取調を受けたのも今回がはじめてゞあること、及び被告人が相当悔悟をしていることをそれぞれ認めることが出来、これらの諸点は幸い事が未遂に終つたことと共に一つの救いとして刑の量定にあたり斟酌することが出来、また証人本宮百合の証言によると同人は被告人の母として今後誠心被告人の善導に努めるというのであるが、以上の諸点からみて更に保護観察所の適切な指導と世話を得ることが出来るならば刑の執行を猶予しても更生の可能性があるものと期待してよいであろう。以上の次第で前記諸般の事情を考慮して被告人を懲役一年に処するのを相当と認め、刑法第二十五条、第二十五条ノ二により本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予してその期間中保護観察に付することとし、押収してある紙片一枚(証第二号)は本件犯罪行為に供したものであるが没収の必要はないものと認め没収しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中村三郎 山下顕次 長西英三)

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